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石田 晴久氏 2006年新春特別インタビュー

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特別インタビュー〜2006年 新春特別インタビュー

2006年1月13日

今回は、新春特別インタビューとして、LPI-Japanの監事である石田 晴久先生(多摩美術大学情報デザイン学科教授/東京大学名誉教授)にUNIXとの出会いや、今後求められるエンジニアについてお話を伺いました。

石田先生のUNIXとの出会いについて教えていただけますか?

石田晴久先生
石田晴久先生

1974年にベル研究所(※)に研究員として行ったときにUNIXに出会いました。 当時大学では大型計算機を使っていましたが、半二重のラインターミナルで、端末でキーを入力すると、(データが)行って帰ってきてはじめて表示されるという感じでした。一方UNIXはキャラクタベースのコンソールで全二重になっているのに感心しました。edのようなラインエディタも動いていました。

  • (※)ベル研究所:AT&T社の研究部門。1970年、UNIXやC言語を開発した。

その後、UNIXのライセンスを購入されたということですが?

当時の金額で確か$150ぐらいでした。手続きが面倒なのでポケットマネーで契約しましたよ。多分日本で一番早かったのではないでしょうか。
ソースコード一式がもらえるので、当時からすでにオープンソースだったわけですね。

そのような時期ですと、今のように教科書があるわけではないと思いますが、どのようにして使い方を習得されたのでしょうか?

まずはmanコマンドですね。一通りのことが書いてありましたから、それを読んで学びました。
あとはやはりソースコードですね。中身を見れば大体のことが分かりますよ。
そしてその当時ベル研究所が出していた「Bell System Technical Journal」という冊子がありまして、UNIX特集の号が発行されました。
当時のベル研究所は、内部にいる研究者だけで学会誌並みの刊行物が発行できたわけですが、この号もUNIXのOSから様々なツールについてまで解説されていて、大変参考になりました。

UNIXをどのように使用されていたのですか?

その頃は大学院以上の学生が使っていました。1979年にVAX-11を導入して、電子メールなどを使うようになっていました。
80年代に入ってからは、一般学生が情報処理の勉強で使うようになっていきました。

現在のLinuxをどのようにご覧になっていますか?

PCの性能が向上したことが、Linux普及の要因でしょう。またインターネットを通じて公開されましたので、インターネットのメディアとしての力が大きいでしょうね。
ただ、Linuxには皆が触れるようになりましたが、表面的なところしか見ていないように思います。
やはりソースコードの中まで見て欲しいと思います。大学などでもLinuxを使っていると言っても、なかなかソースコードの中まで見て勉強することはできない状況です。今はネットワークなどのプロトコルを勉強しないといけないですから。

ソースコードを読むのはやはり重要でしょうか?

東京大学の工学部では、ソースコードを読む宿題を出しています。これはたとえば大学の文学部で名文を読むことと同じことだと思います。ソースコードを読んで勉強することができないのは教える側の先生の問題も多々あるかもしれません

Linuxで注目されている分野はありますか?

組み込みシステムの分野は有望だと思います。デバイスドライバの開発など、大いに需要があるでしょう。この分野はエンジニアの数が少ないですね。中国やインド、最近ではバングラデシュなども競争相手になると思います。
今後、付加価値の高いシステムやソフトウェアが競争上必要になってくると思いますが、日本からはなかなかERPパッケージのSAPのような大作が出ませんね。ゲームやアニメが海外に輸出されているのとは対照的です。
このようになってしまう理由には、言葉の壁が大きいと思います。日本人はあまり海外に出て行きませんので、海外の人がどんどん日本に入ってくるとよいと思います。優秀な人材は沢山いますので、企業はそのような人の能力を買ってきて、日本のITの体力を高めていけば良いのです。
そのような時に、LPICのような国際的な資格は大いに役に立つと思います。LPICは海外の技術者に日本で仕事をしてもらう時の、技術力の指標になりますから。

今後の人材育成についてご意見をお願いします。

IPAが実施している未踏ソフトウェア(未踏ソフトウェア創造事業)は注目しています。5年間で150人のスーパークリエイターを認定しましたし、今後は人にフォーカスしていくべきでしょう。誰かが何かを作って、周りの人がそれに対してアイデアを出して発展させていく。だからとにかく公開できるものを作るのが肝心です。そして他の人との交流を図る。
ITで仕事をしている人は、会社にこもっていてはもったいないですよ。どんどん外に出て、視野を広げなることが大事です。それも日本人だけでなく、外国の人とも付き合えるとよいですね。

聞き手および構成:宮原 徹(株式会社びぎねっと)

石田晴久先生のご紹介
現職 多摩美術大学/評議員・メディアセンター所長・情報デザイン学科教授
株式会社 インターネット総合研究所 監査役(もと取締役会長)
東京大学名誉教授
略歴 1936年生まれ。1961年東京大学大学院修士課程修了、1964年米アイオワ州立大学で博士号を取得。1970年に東京大学大型計算機センター助教授、1982年から同センター教授。1997年3月に東大を退官し、4月から多摩美術大学教授。2001年多摩美術大学情報メディアセンター所長を歴任し、現在に至る。
主要著書 「インターネット安全活用術」(岩波新書、2004年)、「ブロードバンドを使いこなす」(岩波アクティブ新書、2002年)、「新パソコン入門」(岩波新書、2000年)、「インターネット自由自在」(岩波新書、1998年)、「パソコン自由自在」(岩波新書、1997年)、ほか多数

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