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Linux World Conference & Expo in Bostonを取材して

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Linux World Conference & Expo in Bostonを取材して〜コラムニスト風穴江のエッセイ

2005年2月25日

Linux World Conference & Expoとは?

IDGが主催するLinux専門イベント。テクニカルチュートリアル、Linuxに関する様々なトピックのカンファレンス(セミナー)、Linux関連企業が多数参加する展示会、業界キーパーソンが講演する基調講演(キーノートスピーチ)などが4日間の会期中に集中的に行われる。1999年に米国San Joseで第1回が開催され、その後、夏に西海岸(現在はSan Francisco)、冬に東海岸(昨年まではNew York)で開催されるのが恒例となっている。日本でも「Linux World Conference & Expo/Tokyo」として1999年から開催されており、現在は、春と秋の2回行われている。
 今年の米国における「冬季Linux World」は、2005年2月14日から17日までの4日間、米国Bostonで開催された。

エッセイ全文

米国開催が通算13回目のとなった今回のLinux Worldにおいて私が最も注目していたのは、業界VIPが名を連ねた基調講演でもなく、あるいは展示会に参考出品(※1)される製品でもなく、イベント全体の「活気」でした。というのも、今回は、Linux WorldがBostonに「都落ち」して最初の開催だったからです。

負のスパイラル

Linux Worldは、昨年までに米国東海岸で計5回開催されましたが、それはすべてNew Yorkで行われてきました。米国東海岸のビジネスの中心といえばNew Yorkであり、従って、集客を第一の目的にするイベントをこの地で開催するのは道理です。
 しかし、この間のLinux Worldは、イベントとして順調に拡大路線を進んできたわけではありません。業界内で「バブル」とも称されることがある2000年前後の「ブーム」が過ぎたあたりから、Linux Worldにも、かつてほどの「勢い」は見られなくなっていました。やがて基調講演の集客に陰りが出始め、展示会はJavits Convention Center(※2)の広いスペースをもてあまし気味となり、そういう雰囲気を敏感に感じ取ってか、来場者の足も少しずつ遠のいていきました。集客がままならなくなると、予算に余裕がない企業は出展を見合わせるようになり、イベントの花である展示会が盛り上がらなくなると、さらにまた客足が遠のく……という「負のスパイラル」に陥り始めていたのが、昨年までのLinux Worldだったのです。
 そんな状況だったので、次回のLinux WorldがBostonで開催されると発表されたとき、多くの人が、これをイベント規模の縮小だと受け止めました。LinuxWorldも、いよいよ New Yorkという大舞台から身を引くのか……、1999年にLinux Worldが始まった頃から見てきている私などは、ある種の感慨を持ってそのニュースを受け止めました。

イベントのキャリアパス

1999年にスタートしたLinux Worldの最初の開催地は、シリコンバレーの要衝、San Joseの中心地にあるSan Jose Convention Centerでした。「シリコンバレーの要衝」とはいえ、San Joseはごくごく小規模な街で、San Jose Convention Centerそのものはそれほど小さくはないものの、来場者を迎える交通機関やホテルなどのキャパシティが貧弱で、大きなイベントを開催するにはちょっと無理がある、そんな場所です。
 San Joseから車で1時間ほど北にあるSan Franciscoには、さらに大きな複合施設「Moscone Center」があり、国際空港やホテルなどのインフラも桁違いに整っているので、必然的に、より大きなイベントはそちらで開催されことになります。いつの頃からか、小さなイベントはSan Joseでスタートし(もっと小さい場合は、さらに小さいSanta Claraなどからスタートし、少し規模が大きくなればSan Joseへと移る)、さらに規模が大きくなればSan Franciscoに会場を移すというのが、この辺で開催されるイベントの「キャリアパス」となっています(※3)。

Linux Worldの栄光と挫折

Linux Worldは、1999年3月に第1回をSan Joseで開催し、同じ年の8月に、もう一度San Joseで第2回目が行われました。開催規模は決して大きいとは言えないものの、このころまでのLinuxWorldには、黎明期特有の熱気に満ちあふれていました。基調講演のトップバッターとしてLinus Torvalds氏が登壇していたのも、この頃のことです。
 第1回目のLinux Worldのときには、Linusが基調講演の舞台に立つと、San Jose Convention Centerのホールを埋め尽くした観客が誰からともなくいっせいに立ち上がり、長い間、拍手と歓声が止まりませんでした。思いがけない熱狂ぶりに戸惑い、彼特有の照れ笑いを浮かべるLinus。マイクで拾った声が巨大スピーカーで増幅されているにもかかわらず「落ち着いてよ。まぁまぁ、みんな、落ち着いて」というLinusの声が聞き取れるようになるには、さらに数分間が必要でした。このときばかりは、プレス席にいた私や報道関係の友人たちも全員が立ち上がり、取材も忘れて観客の一員となっていました。これは文字通り「鳥肌が立つ」ような経験で、「これがStanding Ovationか」と身をもって体感したものでした。
 そのLinux Worldは、2000年1月に第3回目をNew Yorkで開催し、その年の8月には、ついにSan Francisco、Mosconeでの開催にこぎ着けます。Javits CenterとMoscone Centerという、米国の東海岸、西海岸それぞれを代表するイベント会場を「制した」ことで、Linux Worldは、イベントとして「メジャー」の仲間入りを果たしたわけです。
  第1回開催での「感動体験」が強烈だったこともあり、Linux Worldというイベントがこのように発展していくことは、私自身、悪い気はしないというのが正直なところです(もちろん取材対象として肩入れすることは絶対にありませんが)。
 しかし冒頭で述べたように、メジャーなイベントの象徴でもあった大規模会場を堂々と使い切っていた勢いは長続きせず、2004年をもって「花の都」New Yorkを離れることになってしまいました(「夏季Linux World」は今年もMosconeで行われます)。先に「都落ち」と表現したのは、こういう経緯があったからです。

市場を映す「鏡」

「イベントは、その市場を映す鏡である」という言い方があります。確かに、勢いのある業界は、そのイベントも大きく盛り上がっていくのが通常です。例えば、1990年前後から1990年代半ばにかけてはCOMDEX/Fall(※4)が隆盛を極め、業界で影響力がある企業のCEOが基調講演を行い、また、新製品の発表もCOMDEX/Fallに合わせて行われるほどでした。しかし数年前から、PCに代わって、CE(Consumer Electronics)がテクノロジーを牽引するようになると、COMDEX/Fallは衰退し、代わって1月に同じLas Vegasで行われる「Consumer Electronics Show」(通称「CES」)が大変な盛り上がりを見せるようになっています。
 この伝で言えば、2000年以降、Linux Worldがイベントとして盛り上がらなくなり、ついには「都落ち」せざるを得なかったのは、Linuxという市場が縮退してきているからということになってしまいます。
 しかし、2000年以降も、Linuxの市場が拡大してきているということは、皆さんよくご存じの通りです。特にここ数年は、エンタープライズ領域での適用が本格的に始まり、台数ベースだけでなく、金額ベースでも大幅な伸びを示しています。
 市場は着実に伸びているのに、イベントが盛り上がりに欠ける――これは一体どういうことなのでしょうか?

イベントの「活気」とは?

この疑問については、ここ1、2年のLinux Worldに実際に足を運んでみたことがある人なら、答えに心当たりがあるはずです。
Linux Worldがイベントとしての勢いを失っていったのは、端的に言えば、マンネリ化によるものです。Linux Worldが始まった初期の頃は、まだ海のものとも山のものとも分からないLinuxという市場に、実にたくさんの、様々な企業が――その多くは名もない小さな企業です。むしろこの時期は、一部を除いて、まだ大手企業は参入を躊躇しているような段階でした――挑戦しようとしていました。また参加者のほうも、何が飛び出すか(何に出会えるか)分からないという期待感に満ちあふれていました。こうした、出展者、参加者の双方の意欲が渾然一体となって、イベントの「活気」が形作られていたわけです。
 しかし、その後、Linuxが着実にビジネスに浸透していくに従って、Linux Worldには大手企業がこぞって出展するようになりました。もちろん、大手企業が積極的に出展すること自体は、別に悪いことではありません(「オープンソースだから企業が大きい顔をすべきでない」と言うつもりもありません)。本当の問題は、大手企業しか話題を提供できなくなったイベントとしての閉塞感にあります。
 前節で触れたように、イベントは市場を映す鏡であることは間違いありません。Linuxの場合も、Linux市場が、規模としては大きくなっていっているものの、市場のプレーヤーが大手企業だけに偏りすぎて(というよりも、一部の企業に偏りすぎていて)、ある種の閉塞状態に陥っていたということが、そのままLinux Worldのマンネリ化につながっていたのです。
 従って、Linux Worldが以前のような活気を取り戻すには、一部の「決まった顔ぶれ」に偏重した市場を突き崩すような動きが出てくるのかどうか、ということがポイントになります。もちろん大手企業の偏重が閉塞感をもたらしているとはいえ、大手企業のビジネスが縮小すればいいということを言っているのではありません。
Linux市場の規模は、まだ数年の間は間違いなく拡大していきますので、多様性の深化が、特定企業の収益を圧迫するような心配は当分はないと言っていいでしょう。
 本当の問題は「多様性」です。いろんな動きが、いろんなところから出てくるような「にぎやかさ」を市場が取り戻せるのかどうか、ということなのです。

Bostonで光を見た

Linux World/Bostonを取材してきた感想を一言で表すなら「イベントとしての活気が戻りつつある」ということです。つまり、大手企業に偏重したマンネリを脱することができるかもしれない萌芽を、あちこちに認めることができたということです。
 すなわち、これまで聞いたことがない(Linux Worldなどには出展したことがない)ベンチャー企業が、いろいろな試みを披露しようとしているのが目につきました。この感覚は、黎明期のLinux Worldのそれによく似ています。唯一違うのは、黎明期のような「怪しさ」はなく、ビジネスとしてもきちんと考えられているものが多かった点です。特に、Linuxというプラットフォームをターゲットにしたアプリケーションを開発している企業が増えてきており、この動きは、間違いなくLinuxという市場の活性化につながっていくでしょう。
 会場全体の規模が小さくなったとはいえ、実は、今回のLinux Worldには約180社もの企業が出展しています。これは、昨年のNew Yorkの150社を30社も上回るものとなっています。それまでの出展者数が減少の一途をたどっていたことを考えれば、この増加は非常に強いメッセージになっています。
 このように、イベントが「活気」を取り戻しつつあるということは、Linux市場の多様化が進んでいくということでもあります。そしてそれは、Linux 市場の成長をさらに加速することになるでしょう。そうした「時代の流れ」を実際に肌で感じ取ったということこそ、取材者としてBostonまでわざわざ足を運んだ今回の最大の収穫です。

Bostonに行こう!

実は、今回のBoston取材は、かなり直前まで、行くかどうかを決めかねていました。要するに、行っても収穫があるかどうか確信が持てなかったからです。しかし、今回Bostonでイベントが(=市場が)活気を取り戻しつつあるという動きを目の当たりにして、すでに来年も行くことを決めています。
 来年、2006年に東海岸で開催するLinux Worldも、Bostonで行われることがすでに決まっています。ただし、会場は今回使われた「Haynes Convention Center」ではなく、「Boston Convention & Exhibition Center」という別の会場になるとアナウンスされています。ここは新しい会場のようで、IDGのオフィシャルは「広くなる」と言っていますが、実際のところは分かりません。ただNew Yorkでやることの意味に比べれば、いずれにせよ規模としては五十歩百歩でしょう。
 しかし、そういう絶対的な規模よりも、活気が戻りつつあるという勢いのほうが重要です。来年もNew Yorkという「華の舞台」に戻ることはできませんでしたが、Linuxという市場の新しい勢いを肌で感じるには、足を運んでみても損はないでしょう。   Bostonは、残念ながら日本からの直行便がありませんので、米国の空港で乗り換える必要があり、行程としてはちょっと面倒です。ただ旅行という点での朗報は、来年のLinux World/Bostonの開催時期が、4月3日〜6日に変更されたということでしょう。
 東海岸のLinux Worldは、これまで1月末から2月初め(今回は2月半ばでしたが)という「厳寒」の時期に行われてきました。今回のBostonは、会期の2週間ほど前には大寒波が来て大雪が降り、空港が閉鎖されるということもあったのですが、幸い、Linux Worldの期間中は寒さも和らぎ、東京と同じような感覚で過ごすことができました。しかし、例年通りですと、この時期は氷点下10度近くにもなることも珍しくない(耳などを露出していると、冷たいというよりも「痛い」と感じるぐらいの寒さ)ので、来年の会期が4月上旬になったのは、まさに「朗報」といえるでしょう。
 Bostonは、ご存じ通り、たいへん歴史のある街で(京都と姉妹都市関係にあるそうです)、あちこちに名所旧跡があります。それらは頑張れば歩けるぐらいの距離にあるので、4月上旬であれば、それらを訪ねて街を散策するのにも良い季節だと思います。

最後に

なお、イベントの詳細についてレポートすることが、このコラムの主旨ではありませんでしたので、テーマを1つに絞り、どういう動きがあるのかを細々と述べることはしませんでした。その多くは「Linux World発」として発表されているプレスリリースを見れば、見つけることができます(目的意識がないと探すのは難儀かもしれません)。また弊社が発行している「TechStyle Open Source Business Review」では、詳しい内容をレポートする予定です。年間定期購読制ですが、興味があればご覧ください。

※1【参考出品】
展示会において、正式に製品として発売される前のものを展示すること。発表前の製品だったり、あるいは存在は知られていても詳細が明らかになっていなかった製品だったりするので、ニュースバリューが高いものが多い。そのため、こうしたイベントでは、各ブースの参考出品を探し回ることが取材の基本とされている。
※2【Javits Convention Center】
New York、Manhattanにあるコンベンションセンター。Manhattan随一の規模を有しており、New Yorkで開催される大規模なIT系イベントは、すべてここで行われるといっても過言ではない。
※3【イベントの「キャリアパス」】
もちろん、規模が大きければ良いというものでもありません。規模は決して大きくはないけれども、「影響力」があるイベントというものもあります。
※4【COMDEX/Fall】
1990年代のCOMDEXは、パーソナルコンピュータの技術を中心としたコンピュータ関連の総合展示会。春と秋の年2回開催で、特に秋にLas Vegasで開催されるCOMDEX/Fallは、当時のコンピュータ系イベントでは最大規模を誇っていた。また最盛期には、一般ユーザーの観客だけでなく、ISVやIHV、ディーラーなどとの商談の場としても機能していた。
筆者プロフィール
風穴江(かざあなこう)
TechStyle編集長/コラムニスト
1990年から「月刊スーパーアスキー」誌の編集に参加し、UNIX/Linuxの活用記事や、GNUプロジェクトなどのフリーソフトウェア動向を担当。
1998年にフリーランスジャーナリストとなり、主に技術解説や業界動向に関する記事執筆や講演を行う。その傍ら、1999年4月から2001年5月まで「月刊Linux Japan」誌の編集長も務める。2002年に株式会社テックスタイルを設立し、取締役兼編集長に就任。オープンソースビジネスの専門メディア「TechStyle Open Source Business Review」(年間購読制)で記事を執筆するほか、オープンソースに関する各種コンサルティングを行っている。

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